ものを手放すって?【まきまきメモ】~vol.107

こんにちは!まきまきです。

急に暑くなりましたね~。
今日も、住まいを整えるなんちゃらかんちゃらについてお話します

突然はじまった、こちらのコーナーですが、
受けとってくれて、本当にありがとう。

前回のアウトプットはこちら
https://docs.google.com/document/d/1U0TS3DND8ZEjmbj2N_PkJ6pXPn6F8X9WKwmyVomJ2rM/edit

今回も、引き続き「ものを手放すって?」についてお届けします。
ユカリサと、「手放し方」について掘り下げてお話しました。

動画はこちら→

ものを手放すこと(出口)について話していたら、
ものを使い始める(入口)という話に繋がりました。

面白いですよね~。

ユカリサは、ものづくりに長く携わってきたからこそ、
「これは何かに使えないかな?」という視点があって、
それが片付けにも繋がっていると話してくれました。

ユカリサが私に問いかけてくれた、

「使うってなんだろう?」

「不要とは?」

きっと、みんなの中にも、ひとりひとり、違ったキーワードがあるのかな。
と思っています。もしよかったら、聞かせてもらえたら嬉しいです

【まきまきメモ】

この場を借りて、私のアウトプットをさせてもらってもいいですか
テーマは、「取り繕って」「着飾って」について。

少し前のメルマガで、おとさんが話してくれたように、
私はこれまでずっと、人からどう思われるのか?
ばかり気にして生きてきました。

きっかけは、インドやトルコから帰国して、日本の学校に転校したとき。

親戚、友人、学校の先生からいじめを受けて
「私は、日本人なのに、どうして日本でもいじめられるんだろう?
って思ったと同時に、
もう二度とこんな思いはしたくねぇ!って思って、自分に呪いをかけました。

そこから、自分に足りないものを、何かで埋めようと必死になって
「取り繕って」「着飾って」生きてきました。

姉にも、両親にも、友人にも、360°関わる人全員に。

ところが、たった1人だけ、
「取り繕って」も、「着飾って」も、
全く振り向いてもらえない人がいました。

それが、夫です。

夫と出逢ってしまって、
私は自分が一生かけて作り上げてきた
「自分自身」をお片付けすることに。
まだまだ道半ばです。

これは、またどこかで
ゆっくりお話したいなと思っています。

こんな自分だからこそ、
お片付けを「宝探し」のように、特別なことと思い、
私が唯一、ちょっとだけ誇りをもてるのかもしれません。

長くなりましたが、今週も読んでいただきありがとうございました

メルマガや動画から感じたことをアウトプットして聞かせてもらえると嬉しいです。

「こんなテーマで話してほしい!」など、テーマのリクエストも頂けると嬉しいな。

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